にこちゃんでんでんーASDと気楽に歩くー

ASD傾向のある息子にこちゃんと一緒に成長したい私。

困っている息子と、困っていたあの日の私 後編

 

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漫画画像1 大人になって、なぜ子供の頃あんなに話が聞けなかったのだろうと思っていました。でも私も強い口調も怒っている顔も怖くて辛くて、ただ終わるのを待つことしか出来ないのでした。きっと息子も同じ気持ちなのです。

漫画画像2 それからは出来るだけ好きに過ごしてもらい、危ない事以外は見守るようにしました。癇癪がおさまった訳ではありませんが名前を呼んでも嫌がる、なんて事はなくなり、成長を見せてくれました。では神経質な対応が癇癪の原因かと言うと、それは少し誤解があります。

漫画画像3 ある日病院で一歳くらいの子を見かけました。自動ドアのボタンを触りたがっていますが、抱っこしないと届きません。親御さんは荷物があり手もふさがっていて、「今無理だよ、行くよ」と自分でボタンを押して先に出ます。この子は黙ってついて行きます。私は驚愕しました。息子なら、癇癪が起こります。何を言っても聞こえなくなり、ただ大声で泣き叫びます。要求が解らないまま一時間近くグズり続ける事もありました。

漫画画像4 いちいちやらせてあげるから、こんな風に癇癪を起こすんじゃないの?なんて言われた事もあります。「触らせんですむならそうしたいわ!何でもかんでも親のせいじゃなくて!子の個性で親の関わり方も変わっていくんだよ!」と、そう思います。発達障害かどうかに関係なく子供の個性は色々です。理解出来れば子も親も困り感を減らせますが、なかなか全ては難しいです。それでもこれからの息子の個性は楽しみに思うし、理解したいと思うのです。

ご機嫌いかがでしょうか。

息子と関わっていると、自分がいかに困っていたかを再認識する場面もあります。

昔は昭和的に怒鳴りつけたりしながら何とか言う事を聞かせたり、「そういう子もいるよね」で済む時代だったのだろうな、と思います(二次障害に発展する場合もあるので、決してそれを良しとは思いませんが)。

 

 

強く怒る事のデメリット

私も子供の頃、大きな声や厳しい口調で怒られたりすると、全く内容が入って来ませんでした。顔も見れないし、ただ終わるのを待つだけの時間となっていました。

…これ、今も毎日こんな思いで過ごしている子がいるかもと考えると辛いです。

大人が必死に、なんとか社会でやっていける様にと厳しく言ってしまう。けれど、その言葉は全く届かず、子供は恐怖しているだけなのです。そして大人はまた同じ事をされた時に、全く伝わっていない徒労感でいっぱいになります。

どちらにとってもマイナスにしかならず、関係も壊れていってしまう。

「まずは子供の気持ちに寄り添い、落ち着いてゆっくり伝えてあげて欲しい」

よく言われる事ですが、実際はなかなか難しいですよね。でも強い口調では何も伝わらない子がいる事、大人もただただ困ってしまう結果になる事を意識すれば、この選択はしたくなくなると思います。

 

 

好きに過ごしてもらう大変さ

出来るだけ好きに過ごしてもらう。これはただ放置すると言う事とは違います。

本当に危ない物は無理ですが、ちょっと不安だから、汚れていて安全じゃないから…出来るだけ触って欲しくない。そういった物も見守りながら興味を持った物を好きに触ってもらう。

そして、興味を持つのは手の届く範囲だけではありません。

家の電気のスイッチ、自動ドアやエレベーターのボタン。絶対に押したいです。今日は無理、とかありません。うっかり私や夫が押してしまうと癇癪。毎回絶対に押してもらいます。

自動ドアはセンサーで開くタイプもありますが、「人が来たら開く」と理解してからは、自分が先に行って「自分に反応して開く」じゃないと納得しません。

そんなの他のお客さんも通る場所だし無理ですよね?

ではどうするかですが、息子はやり直せば納得できる様子でした。なので「やり直す」のです。一旦戻って、やり直します。

他のお客さんがいる時は待ちます。自動ドアもエレベーターも、人が多い所では大変です。息子は出来るまで諦めないので、なんとか人が少ないタイミングで自動ドアを通ったりボタンを押したりしていました。

まだまだ言い出したらキリが無いのですが、とにかく何とか本人が納得して過ごせる様に、夫と一緒に努力したつもりです。

 

補足としてですが、こういった「やり直し」では納得できない子もいます。自分が思うタイミングじゃないから、納得出来ない。こういう場合もあるそうです。本人も親御さんも、それは本当に大変だと思います。

癇癪に絶対の対処法など無いので、泣き叫ぶ子がいても「決して親の対応のせいでは無い」事は、もっと知られて欲しいですね。

 

 

癇癪はおさまったのか?

一時期本当に大変でしたが、結論から言うとだんだん大きな癇癪は減っていきました。

成長し興味の幅も広がっていく中、難しい要求も増えて大変ではありました。どうしても無理な事を理解出来ない時期は、やはりどうしようも無かったりします。

それでも、これは無理だけどこっちならいいよ、という代替え案で納得してくれる様になったり、なぜ無理なのかを説明すれば(何度も聞かれますが)なんとか理解してくれたり。少しずつ、要求が完全に満たされなくても納得してくれる事が増えました。

「まぁいいか、また明日できるよ」と自分で言いながら納得してくれた時は、息子の成長が本当に嬉しかったです。…ええ、色んな意味で(笑)。

否定せず、言葉で伝えられない息子の要求を頑張って理解していく過程は、私たち親子の関係を築いていってくれたと思っています。

 

 

次回は

はたから見れば甘やかしている様にも見える関わり方ですが、否定しない、という事を徹底した事は本当に良かったと思っています。

かなり小さなうちから「しつけを」と書いてある育児書もありますが、我が家の場合はそういった厳しい指導をしないで良かったです。

なぜそう思ったのかを、次回は描かせていただきたいと思っています。

 

この記事を読んでくださったあなた、ありがとうございます!

よろしければ次回もよろしくお願いいたします。